郡司 ペギオ 幸夫。 『やってくる』郡司ペギオ幸夫著 知覚できないが存在する何か:山陽新聞デジタル|さんデジ

【イベントレポート】郡司ペギオ幸夫×宮台真司トークイベント「ダサカッコワルイ世界へ」文字起こし④

その「カブトムシ」こそが問いでもあり答えでもあるし、逆に問いでもないし答えでもない。 だとすると、途端に疑問が湧いてくるんです。 「子供が死んじゃって、こんなの、もらっちゃったよ」と。 馬に乗れるスタッフがいないので全員歩兵として頑張ります。 実際、フッサールの影響からミンスキーは人工知能を構想するわけだし、現象学から派生するオートポイエーシスやアフォーダンスは、AIの基本理念に極めて整合的です。 我々はその大いなる拡張をもって、心を自然化することを可能とするだろう。

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【イベントレポート】郡司ペギオ幸夫×宮台真司トークイベント「ダサカッコワルイ世界へ」文字起こし③

In particular, we adopt method of animal-robot interaction and analyses based on fluctuation index. 外部の中の外部というか、外部の極限が死だということを考えあわせると、ある意味で、僕らは常に死に関わっている、ということになる。 郡司さんもそういう方だと想像するんです。 意味は指示で与えられる。 しかし、問題が大きすぎたせいで、マクロにはほとんど意味を持ちませんでした。 理学博士。 「これ」が「それ」でも有り得る二人称の哲学を志向しない限り、心は一人称として説明できてしまう。 生きものの知性である。

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宮地尚子×郡司ペギオ幸夫「切羽つまって考える」『トラウマにふれる』(金剛出版)『やってくる』(医学書院)W刊行記念

ここから、何かとてつもない陰謀が起きているのかもしれないという話に展開していくわけです。 以前書いたけど、彼らの共通性は「認識におけるラグ 時間差 」です。 ドレツキの問題設定や概念装置を用いて、表象主義を拡張するとき、システムと対象の間は無化されず、そこに相互作用の場が要請され、媒介者=仏陀の微笑が要請されるはずだ。 そこで「やってくる」のは「不安の源泉」よりもむしろ「福音」じゃないかという認識も郡司さんと同じです。 わからないものが「やってくる」。 むしろ郡司さんの構えと同じで、未規定な隙間を作れば「やってくる」だろうという見立てが本質です。 このトラウマはその後いろんな選択に影響を与えます。

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『やってくる』郡司ペギオ幸夫著 知覚できないが存在する何か:山陽新聞デジタル|さんデジ

これがリアリティが失われた状態だといいます。 それは当初、気象データや、昆虫の個体数変動を記述する方程式など、既存の概念の中に発見された。 病的なものではなく、弱いトラウマというのはそこら中にある。 郡司さんの線で考えると、死というのは、そのような外部ということになると思う。 『生きていることの科学 生命・意識のマテリアル』 2006• シニフィアンとシニフィエのような、一見対立するけど関係づけられるかもしれない問題として成立するものーそれが一緒になったアンチノミー 二つのAとBが共に成り立つもの=肯定的アンチノミー が、本来的なトラウマですが、このトラウマをある意味で磨くわけです。

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NEWS

スペンサーブラウンは答えめいたものを出しました。 宮台:明解です。 こうして動き出すのが、生命壱号なのである。 パトカーと言うとそっぽ向くのに、僕があるときパトカーの写真を見せられて「カブトムシ」と言ったら抱きついてきた。 「学校的なもの」は適当にやり過ごせばいいだけ。

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僕がだんだんと郡司ペギオ

実は、僕にも同じ変なところがある。 「『やってくる』の話の中で牛丼の話があった。 だからみんな必死 笑。 僕は職人がいる町にいて祖父も職人でしたが、親はサラリーマンだった。 むしろ美味しくないと思える。 これは重要なトラウマになりました。

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【イベントレポート】郡司ペギオ幸夫×宮台真司トークイベント「ダサカッコワルイ世界へ」文字起こし①

私と外側の間に身体を持ってくる。 システムの構成要素は、「制御し・制御される」循環の結果ですから、全ては移ろいゆく仮想で、ある種の現象学的還元が実現されている。 その心の傷に触れたほうがいいのか、やり過ごしたほうがいいのか。 専門は文化精神医学、医療人類学、トラウマとジェンダー。 ある時は、うちの近所で寅さんのロケをやっていました。 もしそれを実体化するなら、外部は擬似外部に堕すのでそれはできない。

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